おじいちゃんおばあちゃんと3人暮らし

東京でデザイナーをしていた私が、田舎で好きなことだけして生きて行く日々の記録

理由がないと認めてもらえないと思っちゃう症候群

だったと思う。

先日、あるダンサーさんの記事に

「理由も無いのに踊っている奴をみるとうんちゃらかんちゃら〜」

みたいな文章があって。

前後は良く読まなかったのだけど

自分の中で凄まじいモヤモヤに襲われて、色々悶々と考えておりました。

昔、デザイナーになる為に

「なんで服作りたいの?」「どうしてデザイナーになりたいの?」

とよく聞かれたので

きちん答えたかった私は、大学生の時に一生懸命理由を探しました。



立派な理由が無いと作っちゃいけない。

理由も無いのに物を生み出しちゃいけない。

コンセプトがつまらない服はつまらない。

何故かそんなふうに自分にいつもプレッシャーをかけていました。





ある時は、ヤマモトヨウジやコムデギャルソンの本を読んでみたり、

図書館にこもって歴史を勉強してみたり、

デザイナーさんの話しを聞きにいったり。


それでもなかなか見つからないけど、新しい出会いの度に聞かれる。


うまく答えられないと何だか負けた気がしたり、劣等感に襲われたり

うまく答えられない人を見て「つまらないな」と思ったり。




なので、一生懸命探して、

かっこよさそうなのを見つけて、

言ってみたりしていました。

結局しっくりくる理由と出会うことは無くて

4年間で見つけたものは、

「作りたい理由」ではなくて「どんなものを作りたくないか」でした。




でも、就職活動で必ず聞かれます。

「志望理由」

「あなたにとって服とは何ですか」

「あなたにとってデザイナーとは」




あの時正直に

「分かりません」なんて言う勇気は1ミリも無かった。




「分かりません。」

「寒いから着ます。」

「おっばいとあそこを隠して、更にお洒落したいからです。」

「理由はありません。でも好きです、いつも服に興味があります。作っている時はとても楽しいです。」

「こんな服が作りたいです。デザイン画を見て下さい。」


って正直に言ってみなよってあの時の私に言ってみたい。

あの時の私に怒られそうだけど。





でもさ、「好きだから」「楽しいから」「やってみたいから」

以外に本当の理由なんてあるのかな、と最近思います。


それをまず前提として、理由を言い合うのは楽しいことでもあるよ。


けど、理由がないと納得できない

理由がないとプロじゃない

理由がないと見る人を説得できない  と言われたら





あら、そうなの? 話しが合わなそうですわね。

おほほ。ではまた御機嫌よう。



「何で結婚するの?」

「何で子供欲しいの?」

「何で彼のこと好きなの?」

「何で踊るの?」

「何で服作るの?」

「何で歌いたいの?」

「何でお洒落するの?」





好きだし、楽しいし、やりたいから

そして、常に自分の欲望に従っているから。

自分で自分の夢を叶えてあげたいから。



それでも理由を聞きたかったら聞いて。

でも、「何で」じゃなくて「どんな」に変えて聞いて欲しいかも。

どんな服、どんな踊り、どんな歌、どんなお洒落、どんな結婚生活。


おほほ。

(1ヶ月前の写真。
大分の奉納舞と舞台の為に白いスカートを手作りしました。完成したら、おばあちゃんが写真を撮ってくれました。)